夢の続きを君と見たくて









開け放された窓からさやさやと優しい風がそよいで。

真っ白いカーテンが揺れる。

甘く優しい旋律が流れる部屋の眺めのいいソファの上で。

柔らかく赤い絹糸のような髪がふわふわと揺れる。


窓辺に立ち弓を弦に滑らせていた月森の手が止まった。

そして顔をほころばせるとヴァイオリンを置きゆっくりとソファに近づいていく。


産み月が近い香穂子のために花が咲き誇る庭の見える場所に

置いたソファでさっきまで月森の奏でるヴァイオリンの音色に聴き入っていた

香穂子が頬をなでる優しい風と耳をくすぐる甘く優しい音色に心地よく

眠りに入っていたのだ。







「体、つらくないか?」


ソファに体をもたせかける香穂子の隣に座り優しくその指先で髪を

なぜてやりながら顔をのぞきこむ月森に香穂子が嬉しそうに笑顔を

向けながらも頬染めてくすぐったそうに顔をひいた。


「なぜ離れていくんだ?」

「ご・・・ごめんね。だって蓮くん、顔近いよ。ドキドキしちゃう・・・」


こうしてずっと一緒に暮らしていても不意打ちに近づく月森の

甘く優しく吸い込まれそうに美しい琥珀色の瞳。

耳によく響く甘い声と唇にかかる熱い吐息に胸が苦しくなるほど・・・

ドキドキしてしまう時がある。

赤く頬染めて目の前で恥ずかしがっている香穂子が月森はかわいくてしかたない。

思わずくすりと笑みが零れて・・・。


「そうか・・・。じゃあ、俺は向こうのソファに行くから・・・」


そう言って離れていこうとする月森の手を香穂子が思わずぎゅっとつかむ。


「行かないで・・・。側にいて」

「香穂子はどうしてほしいんだ?

近いといやなのか側にいてほしいのか・・・」


香穂子は困ったように笑う月森の体にぎゅっと抱きつく。

いつもより甘えたい。

そんな思いで愛する人の体に抱きついていく。


「蓮くん、キスして?」

「いつも・・・しているだろう?」

「うん・・・」


ついさっきも抱きしめあって深いキスを交わしたばかり。

それでもいつもは月森からもっともっとと求めていくキスを

香穂子の方から求められて今度は月森の胸の鼓動が跳ねる。


「じゃあ・・・もう一度」


柔らかな香穂子の体を大きくなったお腹をかばうように優しく抱きしめながら

ぎゅっとしがみつくように首に抱きついてくる香穂子の唇に唇を重ねていきながら・・・。

月森はこの上ない幸福を感じていた。

ゆっくりと見つめ合ったままで唇が離れると照れたように笑いあって。

月森が体を起こすと香穂子の瞳をのぞきこんだままで尋ねた。



「何かほしいものはないか?食べたいものとか・・・それとも飲み物か・・・」

「蓮くんのヴァイオリンがいいな・・・。蓮くんの音色が聴きたい・・・」


香穂子の言葉に月森がとても嬉しそうに笑顔を見せた。

自分の音色を請われることは自分とのキスを請われることも嬉しいが

違った意味でこの上ない喜びがある。

そして最近は思うようにヴァイオリンに触れることがかなわない

香穂子のために・・・。

月森は窓辺にすっくと立ち弓を構えた。

それはまるで一枚の美しい絵のように・・・。

その立ち姿に香穂子はいつでも見惚れてしまう。

どんな月森も素敵だと思う。

でもやはりヴァイオリンを弾いている時の月森が一番美しく輝いて素敵だと思うのだ。

それは月森にとっても同じ。

だからまた香穂子の奏でる音色と共に弓を構える香穂子の姿が早く見たいとも思っている。


「何がいいだろうか・・・」

「蓮くんが選んで弾いてほしいな。いいかな?」

「ああ。わかった。それではこの曲を・・・」


瞳と瞳を強く合わせてゆっくりと月森の指先が香穂子のために

甘く優しい旋律を奏でていく。


『トロイメライ』


まるで子守唄のように優しく慈しむようなその音色は

香穂子だけでなくお腹にいる我が子のためにも。

奏でられているようなそんな優しい音色だった。


なんて贅沢なんだろう。

そんな思いでこちらに視線を向けて奏でる月森を見つめながら・・・。

音色に身をゆだねながら・・・。

ゆっくりと幸せそうな笑みを浮かべて・・・。

香穂子の瞳が閉じられていった。


「寝てしまったのか・・・」


白いカーテンと共に揺れる髪にそっと触れていきながら

香穂子の横たわるソファの前に膝まづき月森はつぶやいた。


そっと香穂子の体を起こさないように気をつけながら抱き上げる。

気持ちよさそうに寝息をたてる香穂子の唇にそっと口づけて。

寝室のベッドに横たわらせてやる。


自分も香穂子の隣に身を横たえてすぐ側でその愛らしい寝顔を見つめながら。

そっとさっき奏でていた『トロイメライ』のメロディを耳元で小さく口づさんでやる。

歌は苦手だとずっと思ってきたけれど香穂子がその歌声を好きだと言ってくれるから。

優しい眠りを誘うこのメロディを。

香穂子と・・・そして2人を繋ぐ愛しい存在。

香穂子の中に宿る小さな命にも。

そっと優しくその唇で紡いでいく。


月森のその甘く優しく響く歌声に。

夢の中にいる香穂子が幸せそうに笑顔を浮かべた。

そして2人の愛しい小さな存在も。

もっと聴かせてというように身じろいでいた。


幸せな旋律。

愛に溢れた暖かな部屋の中に。

甘い歌声がいつまでも響いていた。



2006.7.17