小さなライバル



「みきちゃん、こんどはボクのばんね」

「いいよ、つぎはわたしのばん」


広い月森家の庭に作られた砂場で奏音より一年後れて生まれた菜美の娘美樹が

揃ってなかよく小さな頭を寄せて遊んでいた。

それをテラスに置かれた椅子に月森と香穂子、そして菜美が座り微笑ましく見守っていた。


「この2人だと仲良く遊んでくれるから助かるわ。

奏音くん、本当に優しくていい子だもんね。

美樹きはかなりのおてんばさんだけど・・・」


実は見た目も性格も菜美そっくり・・・とは月森も香穂子も口にしなかったけれど

小さくてもウェーブのかかった髪を手ではらっているおしゃまな女の子と

菜美を見比べて思わず顔を見合わせてしまった。


「また!アイコンタクトしてる。まったくいつもこうなんだから。

美樹紀が奏音くんに会いたいって来たがらなかったら2人揃ってるところには

来たくないのよね〜、実は」


そう言いつつもしょっちゅう美樹を連れて遊びに来ている菜美に再び

月森と香穂子は顔を見合わせてクスリと笑ってしまった。


「でもそれが秘訣なのかなあ。奏音くんっていつもにこにこしてて

赤ちゃんの時から手がかからなかったもんね。

両親の愛情たっぷりに包まれて両親が愛し合って大切にしあう様子を見て育ってるからね。

美樹は夜鳴きも疳の虫もひどかったから大変だったもの・・・」


本当にこの2人は特別なんだなといつも菜美はそう思っていた。

奏音がいても抱き合い、キスもする。

お互いのことを心から大切に想い、尊重しあっている。

そして奏音のことも自然にその中に取り込んでいる。

そんな3人の穏やかで優しい空気の中には菜美や美樹が

入り込めないと感じることがあるほど愛に満ち溢れている。

そしてそんな中で美樹が最近あることを言い出していて

菜美は困りはてていたのだった。


「奏音も美樹ちゃんが来てくれるのを楽しみにしているの。

今日も朝からずっと待ってたし・・・」

「美樹もなのよ。でも彼女は最近もうひとつ楽しみが増えたのよね」

「もうひとつ楽しみ?」

「そう。もうひとつ・・・」


ひとしきり遊んで喉が渇いた2人が手を洗うと親の元に走ってきた。

奏音がいつものように月森の膝の上にぴょんと飛び乗って座ると

菜美のところに行くかと思われた美樹が奏音の腕を引っ張って

月森の膝からのけようとする。


「みきがすわるの」

「どうして?みきちゃんママはそっちだよ。

ぽくのぱぱだからだめ!」

「いつもかなとくんばっかりずるい。

みきもすわりたい」

「だめ!」


大好きなパパの膝の上を取られまいと必死に月森の体にしがみつく奏音と

必死に自分が月森の膝の上に座ろうと奏音の腕を引っ張る美樹と。

目の前で繰り広げられる膝の上の争奪戦に戸惑う月森と

それを目を丸くして見ている香穂子。

そしてやれやれと困った様子で苦笑する菜美と。


そうなのだ。

最近、「かなとくんもすきだけどかなとくんぱぱはもっとすき」と

言い出した美樹は今日こそ膝の上に座るんだと朝から騒いでいたのだった。


「やだやだやだー!ぜったいにぱぱのひざのうえはぼくとままのなんだからぁ」


珍しく大粒の涙をぽろぽろとこぼして必死に渡すまいとしがみついて泣きじゃくる

奏音に美樹もびっくりして強くつかんでいた手をゆっくりと離していった。


必死で抱きついてくる奏音の体を月森は思わずぎゅっと抱きしめていた。


「すまない。美紀ちゃん。ここは奏音の指定席なんだ」


優しく甘い琥珀色の瞳に見つめられて優しく声をかけられて

美樹のほっぺがりんごのように真っ赤に染まって

思わずこくんこくんとうなずいていた。






帰り道、「もっとかなとくんぱぱが好きになった!」と騒ぐ美樹に

菜美はやれやれと深いため息をついていた。


月森くんのああいう態度がかえって逆効果なのよねえ・・・。

ますます恋心に火がついちゃった。


これからどうなることやらとさすがの菜美もお手上げだ。


「ね。蓮くん。奏音があんな風にするのを初めて見た・・・。

パパの膝の上は奏音のたからものなんだね」


遊び疲れて膝の上で寝てしまった奏音に月森が嬉しそうに視線を落とした。

そして隣に座る香穂子の頬にそっと触れる。


「君にとってはどうなんだ?」


さっき奏音の言ったこと。

『パパの膝の上はボクとママのもの』

そのことを言っているのね、と思わずくすっと笑顔がこぼれて。

まっすぐ見つめてくる視線にそっと顔を近づけていく。


「もちろんたからものだよ。2人ともだいすき・・・」

「俺にとって君も・・・奏音も・・・何より大切なたからものだ」


奏音の体の上でそっと掌を重ねあわせながら・・・。

そっと唇が優しく触れ合っていく。

2人の優しい気持ちと愛が奏音の体にそっと伝わっていく・・・。

幸せそうに笑みを浮かべて身じろぐ奏音と。


「ちっちゃなライバル出現だけど・・・頑張ろうっと」

「・・・・・香穂子・・・・」


唇が離れると香穂子がいたずらっぽく笑って舌をぺろりと出すのを

月森は嬉しそうに見つめていた。

何よりも大切な2人の存在が自分をこんなにも愛して

必要としてくれている。

その喜びに心震わせて・・・。

君や奏音にライバルなんて誰もいないよと心の中でそっとつぶやいた。



2006.8.1