2人揃っての休日。
蓮くんに誘われて人でにぎわう街へと出かけた。
人ごみが好きではない蓮くんだけど私が喜ぶ場所だとわかるといつもこうして連れ出してくれる。
「蓮くん、ありがと。連れてきてくれて」
「いや・・・。香穂子が来たいと言っていたから
いつか一緒にと思っていたんだ」
私がぽつりと言ったこと。
ほんの一言でもちゃんと覚えてくれていて必ずこうして連れてきてくれるから。
蓮くんと一緒に過ごせるならどんな場所でもほんとはうれしい。
優しく甘い微笑みを向けて私を見つめる深くて吸い込まれそうな琥珀色の瞳を
見上げながらうれしくって思わず満面の笑顔になる。
「楽しそうだな・・・。良かった・・・」
「うん。蓮くんと一緒なら楽しいよ」
「香穂子・・・」
蓮くんが照れたように笑みを浮かべて私の肩をそっと抱き寄せると優しく唇を重ねてくる。
そんなに混んでいるわけではないけれど抱き合う私たちの横を何人もの人が通り過ぎていく。
少し恥ずかしく感じる私とまるで気にしていない様子の蓮くん・・・。
それでも蓮くんの腕の中にいるとだんだんと周りを忘れて夢中になってしまう。
それでもそっと蓮くんの胸を押してそっと唇が離れていく。
「蓮くん・・・ここは・・・」
「あ・・・すまない・・・」
夕暮れの中・・・。
真っ赤になってる私と少し頬を染めた蓮くん。
ロマンチックなムードに2人とも酔ってしまったのかもしれない。
「すみません」
振り向くとカメラを持った女性が2人立っている。
顔を紅潮させて緊張した面持ちで2人とも蓮くんのことを見つめてる。
「あの・・・。月森蓮さんですよね・・・。
写真一緒に撮らせてもらってもいいでしょうか」
今日はこれで二度目。
こういうことの苦手な蓮くんは前は良く断っていた。
でも最近は一緒に撮るようになっていた。
やっぱりこういうのって思い出に残るんだよって一度そう言ったら
それからずっとこうして一緒に撮るようになった。
「ありがとうございました!」
うれしそうに走って去っていく2人を見送ると私の顔を少し困ったように見た。
「最近は・・・少しは慣れてきたけれど
やはり写真は苦手だ・・・」
「ふふ・・・。でも素敵だったよ。
さっき写真撮った時の蓮くんも・・・」
私の言葉に少し頬を赤らめるとふと近くにあるジューススタンドに目をやった。
「香穂子・・・。喉かわかないか?」
「あ・・・。うん。喉かわいちゃった」
「飲み物を買ってくる。何がいいだろうか」
「じゃあ、りんご味のジュース」
「わかった。ちょっとここで待っていてくれ」
蓮くんがジュースを買いにお店の方に歩いていくとほどなくしてすぐに後ろから声をかけられた。
「あの・・・。月森香穂子さんですよね」
「あ・・・。はい」
振り返ると私と同じぐらいの2人の男性がカメラを手にして立っていた。
「一緒に・・・写真撮ってもらってもいいですか?」
蓮くんは最近しょっちゅうだけど私にもこんなことあるんだなと戸惑いとちょっぴり嬉しさと。
「いいですよ」
「ありがとうございます」
そう言って一人の人が私の横に並んだ。
そしてもう一人の人がカメラを構えるとすぐにこわばった表情になって
カメラを持つ手を下ろして立ち尽くしている。
「何をしている」
並んで立ってる私とその人の間から聞き慣れた声がして
2人の間に蓮くんがジュースを両手に持ったまま割り込んできた。
「何してるって・・・。写真を撮ろうとしていたの」
蓮くんの顔を見上げると険しい表情と強い視線・・・。
一緒に写真を撮ろうとしていた2人も蓮くんの表情を見て固まっている。
「3人で・・・お願いしてもいいでしょうか」
「いい?蓮くん・・・」
「ああ・・・。かまわない」
男の人の言葉に蓮くんが真ん中に割って入ったままで写真が撮られて。
もう一人の男の人も固まりながらも交代してまた3人で写真を撮った。
「あ・・・ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、嬉しかったですよ」
本当に嬉しかったから思わず笑顔になってちらりと蓮くんの顔を見ると
ちょっぴり後悔した様子の優しく甘い瞳で見ていた。
2人が行ってしまうと私は思わず蓮くんの顔を見て苦笑した。
たぶんあの2人にとっては私より蓮くんの方がよく知っていて
写真を撮れたことはラッキーだと思ってると思うけど・・・。
「蓮くん、写真苦手なんじゃなかったの?」
「ああ。苦手だ・・・。でも・・・君と一緒に撮るというなら話は別だ・・・」
ジュースを飲み終わると蓮くんが待ちかねたように肩を抱き寄せると
少しかがみこむようにして私の髪に唇を押し当てた。
「香穂子・・・。すまなかった・・・」
「蓮くん?」
「さっきの写真・・・。君のファンだったのだろう?」
「ファンだなんて・・・。ただ知ってくれていただけだと思うけど
ちょっとね、私も知られてきたのかなってうれしかったの」
「本当にすまない・・・。君が俺以外の男性と
ああして並んでいるところを見てしまったらつい・・・。
我を忘れてしまった。
俺にとっても本当はとても喜ばしいことなのに」
「ありがと、蓮くん。大丈夫だよ。きっとあの2人、嬉しかったんじゃないかな。
だって蓮くんとも写真撮れたし・・・。
それに・・・。クールビューティと言われてる
蓮くんがあんな風に取り乱すのを見れたし・・・」
「俺の理性を飛ばしてしまうのは君だけだからな」
そう言って強い力でぐっと抱きしめられた。
道の真ん中で。
そして耳元にそっと口づけられて。
瞳を閉じると唇が柔らかく暖かく包み込まれる。
そして・・・。
「さっきはびっくりしたな」
「ああ。まさか月森氏もいたとは・・・」
「それは一人では歩かせないだろう。
愛妻家で有名だからなあ」
「それにしてもすごい迫力だったな。
オーラもすごかったがあの鋭い目に
すくみあがったよ」
「確かに・・・。でも・・・」
「でも?」
「奥さんに向けられた月森氏の瞳の色は
甘いなんてもんじゃなかったな。
そっちの方がびっくりした・・・」
「確かに・・・」
「少し怖い思いはしたがラッキーだったな。
あの月森夫妻と写真が撮れたなんて・・・」
「まったくだ。次のコンサートが楽しみだな・・・。
クールな表情に隠された熱い彼の内面を見ることが
できたし、そんな彼の内面を引き出すことができる
彼女の演奏と・・・。両方楽しみだ」
そんな会話が交わされていたとは知らずに2人星の出はじめた夜空の下を手を繋いで並んで歩いて行く。
「写真撮ろうか・・・夜空をバックに
香穂子の写真がほしい」
蓮くんがカメラを取り出した。
写真撮られるのは苦手なくせに私の写真は撮りたがる蓮くんに思わずクスクス笑いがこぼれる。
そんな私のことをふいうちにパチリと撮って。
「今度は私が撮る」
「じゃあ、一緒に撮ろう」
焼きもち妬きの蓮くん。
写真が苦手な蓮くん。
それでも月森家のアルバムには・・・。
私と一緒に撮った蓮くんの写真がいっぱい。
優しい表情と。
甘い微笑みで・・・。
2005.12.11
<配布元>
ほのぼの100題