その甘く優しい響きを永遠に












いつも2人きりで過ごす月森家にたまに高校時代の友人が遊びに来ることもある。

それがコンクールでライバルだった柚木・火原・土浦・志水のこともあるし

そこに冬海や天羽菜美が加わることもある。


今日は月森の帰りが遅いので淋しいからと親友の菜美を呼んでいた。

月森はコンクール中、追い掛け回された経験からいくら愛する香穂子の親友といっても

苦手意識がなかなか抜けなかったが、結婚して5年たった今では

ようやく眉間にしわを寄せずに話ができるようになってきていた。


そして自分が仕事で香穂子が1人淋しい思いをする時に来てくれたりするので

そのことにとても感謝していた。


今日は月森は菜美が来ていることは知らなかったので

1人で待つ香穂子が淋しい思いをしているだろうと

なるべく早く帰れるようにと仕事も早めに終わらせて家路を急いだ。



「香穂と月森くんももう結婚して5年になったんだね」

「うん。でも毎日が楽しいからあっと言う間でそんなにたった感じがしないの」

「あらあら、ごちそうさま」


菜美は思わずニヤニヤと笑った。


ピンポーン


「あれ?ベルが鳴ったよ」

「蓮くんならまだ・・・のはずだけど・・・」

「一緒に玄関まで行ってあげる」

「うん。ありがと、菜美」


2人で玄関まで行くと鍵がガチャガチャと音をたてたので驚いて思わず顔を見合わせた。


カチャリとドアが開くとこわばっていた香穂子の顔がふわっと甘くほころんだ。

ネクタイにスーツ姿だが、サラサラのブルーの髪、端正な顔立ち、琥珀色の瞳・・・。

高校の時と変わらぬ清冽さの月森だった。


「蓮くん、早かったんだね!良かった・・・」

「香穂子・・・?どうしたんだ?すぐに出てこないから心配した・・・」


香穂子しか目に入らない様子で急いでドアを閉めると心配そうに

駆け寄ってきた月森は香穂子の横に立っている菜美に目をとめた。


「こんばんは〜!月森くん。お邪魔してます」

「ああ。天羽さん。来てくれていたのか・・・。いつもすまない」


月森はベルを鳴らしてもすぐに出なかった香穂子のことが心配のあまり

焦ってしまったことが少し恥ずかしくて顔を赤くしていた。

しかし、いつも自分の留守に香穂子の側にいてくれることの多い菜美に

礼を言ったので香穂子も菜美も思わず顔をほころばせた。


「いいの、いいの。私が香穂に会いたくていつも来てるんだから。

月森くんがいる時は邪魔になっちゃうし、ね!いない時にちょこっとね」

「そんな、邪魔だなんて、ねえ、蓮くん」

「あ・・・ああ、まあ・・・そうだな・・・」


嘘がつけなくて口ごもる月森に思わず菜美は吹き出しそうになる。

香穂子が月森のスーツの上衣を脱がせてやって

側のハンガーにかけるのを見て菜美はニヤニヤと笑った。

それがあまりに自然な動作で月森も香穂子もその表情に愛情としあわせが満ち満ちていたからだ。


「どうしたの?何ニヤニヤしてるのよ~」

「いや、なんか香穂も若奥さんて感じだなって思って。月森くん、しあわせ者だね!」

「菜美!」

「ああ。いつもそう思っている」


赤くなる香穂子に対してふわっとしあわせそうな笑顔を

香穂子に向けながら照れもせずに言う月森に思わず菜美の方が赤面した。



「それじゃ、また来るからね。今日はもう帰るわ」

「一緒にご飯食べて行けば?」

「遠慮しとく。ご飯食べないうちにご馳走様ってことになりそうだしね」

「菜美ったら・・・」


菜美の言葉に思わず月森も香穂子も顔を赤らめた。


「じゃあ、蓮くん。送ってくるね」

「送っていくって・・・。それなら俺も行く」

「いいよ、いいよ、二人そろって連いてこられたらかえって困る」

「じゃあ・・・。門のとこまで送ってく。それならいいでしょ、蓮くん」

「ああ。それじや、天羽さん。今日はありがとう・・・。気をつけて」

「うん。またね!月森くん」


「じゃ、いってくるね、蓮くん」

「ああ」


すぐ門のところに行くだけなのに・・・とまた菜美は笑いをこらえた。

門のところまで香穂子は送っていき、菜美の姿が見えなくなるまで手を振った。


菜美はそんな香穂子の姿を見てうれしく思いながら、きっといつまでも

姿が見えなくなるまで自分に手を振る香穂子のことを見たら・・・。

月森がまた焼きもちやくんだろうなあとおかしくなった。

相手が女の自分でも容赦ないんだから・・・。

結婚して5年もたつのに変わらない2人に菜美は微笑ましく思いながら

理想の2人だなあとつくづくうらやましく感じた。



菜美を見送って戻ってくるとドアを開けたところで立ったまま月森が待っていた。

さっきと同じ位置で立ち尽くして待っている月森を見て香穂子はつい顔がほころんだ。


すぐそこなのに。

疲れて帰ってきてソファですぐにでもくつろぎたいはずなのに。


「待っててくれたの?ありがと」

「いや・・・。香穂子だって俺が帰ってくるといつもここで迎えてくれるだろう」

「蓮くん・・・」

「さ、行こう」


月森は香穂子の腰にそっと手を回すと居間の方に歩き出した。

そしてソファに腰を下ろすと香穂子を抱き寄せ、自分の膝の上に座らせて

いつも玄関先でしている出迎えのキスをしようと顔を近づけてきた。


が、香穂子はその唇にそっと手を当ててさえぎった。

そして香穂子はちょっぴり不満顔の月森に問いかけた。


「ねえ、蓮くん・・・」

「ん?」

「菜美がね。結婚して5年もなるのにいつまで蓮くんなのって・・・。蓮って呼んだ方がいい?」


月森は香穂子の顔をじっと見ていたが、ふっと優しく顔を寄せてくるとその唇にそっと口づけた。

そして唇が離れると照れたように微笑んだ。


「俺は・・・。今のままがいい・・・。蓮という呼び方は・・・

父や母、祖父や祖母が呼ぶだけでなく・・・。.

世話になっている恩師の何人かもそう呼んでいるけれど・・・。

そう呼ぶのは君だけだから・・・。それに・・・」


「それに?」

「耳元で呼んでみてくれないか?」


月森の言葉に香穂子は少し顔を赤くしながらそっと耳元でその名を呼んだ。


「蓮くん・・・」

「もう一度」

「蓮くん」

「もう一度だ・・・」


「蓮くん・・・」


香穂子が呼ぶたびに月森はとろけそうな笑顔を見せるので

香穂子の胸がキュンとなった。


「君のその呼び名の甘い響きが好きなんだ・・・。耳に心地いい。

だから・・・君さえいやでなければこの先もずっと・・・。そう呼んでほしいんだ・・・」

「私も・・・。ずっとそう呼んでいたいから・・・うれしいよ。

でも、おじいちゃんやおばあちゃんになっても?」

「ああ。できれば・・・」


2人は顔を見合わせて微笑み合った。

そして・・・。


「もう一度呼んでくれないか・・・」

「うん・・・。蓮くん・・・え・・・?」


月森は香穂子を抱きしめたままソファに横たわらせた。

香穂子がネクタイをはずし始めた月森に思わず見とれていたら

月森の唇が香穂子の耳元に寄せられた。



「君があんまり甘くささやくから・・・」

「蓮くん・・・。だって蓮くんが・・・」


月森はその先を言わせずそのまま

香穂子の唇にその唇を重ねて

体を重ねていく・・・。


「君のその呼び名の甘い響きが好きだと言っただろう・・・。

だから・・・」

「蓮くん・・・」



その甘く優しい響きを永遠に・・・

永遠にこの耳に響かせてくれたら・・・

俺は耳に心地よくその甘い響きを繰り返し聴きながら

抱きしめる腕に願いをこめた・・・



2005.5.30





初期サイトでのキリリクです。Tさんのスーツにネクタイ、名前呼び、ひたすら甘くというリクですvv