告白
「後もう一回。もう一回だけいい?月森くん」
「ああ。まだ時間はあるから・・・。
君がそうしたいのなら俺はかまわない」
言葉ではそっけなく言いながら
その瞳は優しく・・・甘やかに揺らめいている。
その瞳の美しい光に日野は思わず
吸い込まれていきそうで
思わず首を横に振った。
そんな日野の様子に月森がクスリと笑う。
彼女といるとこんな風に心から楽しいと
思える自分がいる。
そして・・・。
弓を構えて音色を合わせていく。
そして、重なる視線。
目は口ほどに物を言うというけれど・・・。
重ね合う視線にお互いの熱が込められて
甘く優しく絡み合う。
そしてその音色も・・・。
「月森くんの音色・・・」
ひとしきり合わせ終わると日野が
ケースにヴァイオリンをしまう月森に
何か言いかけた。
「俺の音色がどうかしたのか?」
「ううん。なんでもない・・・」
言いかけて顔を赤くしながら首を振る日野の
言いたいことが気になったが
無理に聞き出すのも悪いと思い
月森もそれ以上は聞かなかった。
「君の音色は・・・暖かいな」
「え・・・?」
「いや・・・。なんでもないんだ。すまない。気にしないでくれ」
月森は思わず口に出してしまって頬を赤らめた。
そう。
彼女の音色。
暖かくて心に染み入るようで
その音色に合わせていると
心地よくていつまでも合わせていたい。
そんな風に感じる。
「そろそろ帰ろうか・・・」
「うん」
2人並んで少し暗くなりはじめた道を帰って行く。
いつもこうして家まで送ってくれる月森。
日野は横を歩く端正な横顔を
そっと見つめながら・・・。
いつまでこんな風に一緒に帰れるのかな。
月森くんと並んで家までの帰り道・・・。
ふとそんな風に考えると胸がきゅんと切なくなる。
コンクールが終わるまで?
そしたらもう関係なくなっちゃうのかな・・・。
それとも・・・。
放課後合わせたいと言えばきっと。
こんな風に気がすむまで合わせてくれるはず。
そしてやはり家まで送るときっと言ってくれるはず。
でもそれは・・・。
「どうかしたのか?」
じっと見つめる視線に気づいて月森が振り返る。
本当はもっとずっと前から日野の視線に気づいていた。
何をそんなに見ているんだろう。
何か気になることでもあるのだろうか。
そういえばさっき・・・。
音色がどうとか言っていた。
そのことなのだろうか。
鼓動がドキドキと早まって耐え切れなくて振り返った。
「ううん。ただ、なんとなく・・・。
見てただけ。ほんと、なんでもないの」
月森は何か言おうとしたが日野の家に着いてしまった。
名残惜しくて。
少し遠回りしたい。
最近はいつもそう思う。
そして・・・。
いつまでこうして日野と肩を並べて
歩いていけるんだろう。
コンクールが終わったら・・・どうなる?
こうして遅くまで音色を合わせることも・・・。
もうなくなってしまうのだろうか。
彼女は・・・。
ヴァイオリンを続けていってくれるのだろうか。
考えるだけで胸が痛い。
彼女の音色が聴けなくなってしまうこと。
彼女の音色と重ねることができなくなってしまうこと。
そしてこうして一緒に過ごす機会がなくなってしまうこと。
考えただけで・・・胸が苦しくなる。
「日野・・・」
「なあに。月森くん」
「いや・・・。なんでもない。また明日・・・」
「うん。それじゃ、また明日」
いつものように少し微笑んだ月森の顔が
なんだか淋しそうにみえて・・・。
何か言いたかったのかなと日野もその後姿を
見つめながら考えていた。
次の日、また練習室に向かおうとする月森に
ちょうど通りかかった志水が声をかけた。
「月森先輩。こんにちは」
「こんにちは、志水くん。君もこれから練習なのか?」
「はい。先輩は日野先輩と練習ですか?」
「ああ。そうだ」
なんとなく意味などないのに少し動揺している自分がいる。
すると志水が口を開いた。
「月森先輩の音。最近、変わりましたよね」
「そうだろうか・・・」
そうは言ったものの自分でもそれはもちろん気づいていた。
それが日野香穂子。
彼女の影響が大きいということもわかっている。
「音色って言葉を伝えますよね、すごく。
僕、今の月森先輩の音、好きです」
「・・・・ありがとう。志水くん」
「それじゃ、先輩。さようなら」
「ああ。それじゃ・・・」
月森は志水に言われたこと。
なんとなく思い返して頬が熱くなるのを感じる。
音色が言葉を伝える。
志水ははっきり言わなかったが・・・。
昨日、日野も言いかけていたこと。
やはり・・・。
コンクールが終わるまで・・・。
合わせるのはやめた方がいいのだろうか・・・。
それでもやはり彼女に会いたくて・・・。
そして彼女の音色が聴きたい。
そして彼女の音と重ね合わせていきたい。
強い想いに抗うことはできずに練習室のドアを開ける。
珍しく何度もつかえる月森に日野が
心配そうに声をかけた。
「月森くん。今日はどうしたの?」
「いや。なんでもないんだ。すまない・・・。
そうだ。君の音を聴かせてくれないか?」
そう。
音色が言葉を伝える。
日々募る想い。
日野が昨日言いかけたように。
自分の音色は確実に変化していて
志水の言うように音色に言葉をのせたくなる。
そう・・・。
『君が好きだ』と。
コンクールが終わる前に伝わってしまうのは困る。
そう思うと意識して弾けなくなった。
でも・・・。
ふと日野の音色。
1人弾き始めた彼女の音色。
自分を見つめながら奏で始めた彼女の音色。
気のせいか・・・。
そんなことはあり得ない。
月森は首をふるとゆっくりと日野の音に合わせ始めた。
少し開いた窓から2人の重なる音色が響き渡る。
甘く優しく重ね合わさる心地いい音色に
その場にいた誰もが耳を傾けた。
そして練習室の窓を見上げた志水がぽつりとつぷやいた。
「月森先輩。大丈夫ですよ・・・。日野先輩の音色からも
同じ言葉が聞こえてきますから」
そう。
『貴方が好きです』と。