恋人の条件
「ねえ、ねえ。香穂の恋人の条件って何?」
お昼休みに一緒にお弁当を食べる友人たちの間で
もし恋人にするならどんなタイプがいいのかと話題になった。
それぞれ「年上がいい」「面白い人」「かっこいい人」といくつも上げられていて
次は私だなと思ってはいたけれど・・・。
恋人の条件なんて・・・。
考えたこともなかったからみんな興味深々で答えを待ってるけど私はうーんと考え込んだ。
「そんな難しく考えることないじゃない。
あ、わかった!香穂は最近、月森くんと仲いいもんね」
「な・・・!」
「そうそう。だからもう条件そろってるもんね。
言えないわけだ」
「ち・・・違うよ!月森くんは・・・」
確かに・・・。
最初会った頃に比べると朝も会えば一緒に学校まで登校したり・・・。
一緒に合奏するようになって帰りも送って来てくれたりするけれど・・・。
それはコンクールに一緒に出る者同士。
そして同じヴァイオリン同士だから・・・。
ヴァイオリンを弾くからにはもっと頑張ってほしいってきっと思っているに違いないし・・・。
それに・・・。
私は月森くんと合わせるの、すごく楽しい。
月森くんも・・・。
なんとなく楽しそうに見えるの気のせいかな?
恋人の条件・・・。
条件なんて考えたことない。
好きになったその人の全てがその時の条件ってことになるのかな・・・。
好きな人・・・。
私の好きな人・・・。
ドンッ。
ぼんやり考えて歩いていたら誰かにぶつかりそうになってその誰かに抱きとめられた。
「日野。どうした?ぼーっとして・・・」
「あ・・・月森くん!ごめんね。ぶつかっちゃって。
ちょっと考えごとしてたから・・・」
「よそ見していては危ないから・・・。気をつけた方がいい」
さりげなく優しい。
月森くん・・・。
恋人の条件。
頭に浮かんでいた本人が目の前に現れて肩を抱かれていることに気づいて思わず耳まで赤くなった。
「あ・・・。日野。つい・・・。すまない」
肩に置いた手をあわてて離すとみるみる耳まで赤くなる。
不器用で・・・そして照れ屋な人。
2人で赤くなって・・・。
思わず見つめ合ってしまって月森くんがクスリと笑った。
笑顔が素敵な人・・・。
「それじゃ、入ろうか」
「うん」
2人で揃って練習室に入る。
最近はほとんど放課後一緒に合わせてる。
朝、一緒に登校するようになって。
どちらからともなく約束を交わす。
「さっき・・・。何をぼんやりしていたんだ?」
「え?うん・・・。月森くんは興味ないことだよ」
「興味ないこと?」
「うん。昼休みにね、友達に聞かれたの
私の恋人の条件はって」
案の定、月森くんは目を丸くしてる。
きっとあきれてるんだろうな・・・。
こんなことでぼんやり考えてたなんて。
でも・・・。
月森くんがいるからぼんやり考えてたんだよ。
そんな風に思って弓を構えずにこちらを見ている月森くんの顔をついじっと見つめていたら・・・。
「それで・・・。君はなんて答えたんだ?」
「え・・・?」
まさかそんな質問されるとは思わなくて・・・。
びっくりしたけどまっすぐ見つめてくる月森くんの瞳にドキドキしながらちゃんと答える。
「好きになった人がその時の恋人の条件って答えたよ」
「そうか・・・」
「じゃあ、月森くんは?」
思わず私も聞いていた。
私も答えたんだから・・・。
月森くんだって答えてくれなきゃ不公平。
「俺も君と同じだ」
「そう・・・」
意外だった。
月森くんがこんな風に答えてくれること。
そして・・・。
なんとなく胸が切なく苦しくなった。
好きな人が恋人の条件。
月森くんにもそんな人がいるのかな・・・。
私には大好きな人がいる。
だからそんな風に思うから・・・。
「すまない・・・。俺らしくなかったな・・・。
さあ、合わせよう」
「うん」
月森くんが優しく笑って弓を構えた。
条件とかそんなことじゃなく・・・。
そんな月森くんが本当に好き・・・。
どうかこの想いが届きますように・・・。
そう願いをこめて私も弓を構えた。
2人並んでの帰り道。
なんとなく気になって横の月森くんを見ると。
月森くんもこちらを見ていた。
瞳と瞳が合って思わずドキンと鼓動が跳ねて。
恋人の条件。
気になるけれど・・・。
それでも。
あともう少しでコンクールが終わる。
後は頑張って想いを伝えるだけ・・・。
「日野・・・」
「なあに。月森くん」
「最後のセレクション・・・。
君の演奏を楽しみにしているから・・・」
「ありがとう・・・」
「セレクションが終わったら・・・」
「終わったら?」
「いや・・・。なんでもない・・・」
ゆっくりと前を向く端整な横顔。
貴方のすべてが好き。
恋人に条件があるとしたら・・・。
貴方そのものだから。
私の想いが伝わりますように・・・。
カバンにしのばせたリリからもらった楽譜に願いを込めた。