傍らで眠る暖かな存在










「お疲れ様でした」

「お疲れ様。可愛い奥さんが待っているんだろう?今日はもういいから・・・。

早く帰ってあげた方がいいよ。心配でしょうがないんだろう」

「ありがとうございます・・・。それじゃ、お先に失礼します」



月森が仕事の打ち合わせを終えると周りが気をきかせて声をかけてくれる。

ここのところこういうことがたびたびある。

月森は皆の暖かさを感じて心がぬくもるのを感じた。

こんな風に素直に感謝の気持ちを持てるのも香穂子に

出会ったおかげかもしれない。


笑顔の皆に見送られて少し頬を紅潮させながら会釈をすると

スタッフルームのドアを開けた。



「可愛い奥さんが待ってるっていつものことじゃないんですか」

「もちろんそうだけど、もう一人大事な待ち人がいるからね。

可愛い奥さんと彼を繋ぐ大切な人がもう一人」

「はあ・・・」


事情を知らない彼はまだ意味がわかりかねて不思議そうにしていたが

しばらくすると納得したように「ああ、そうか」とうなずいていた。


月森は何度も時計を見ながら携帯でメールを打つ。

香穂子からの返信がくるたびに顔をほころばせながら・・・。

こうして皆の好意で早く帰してもらえることは本当にありがたい。

何をしていても気にかかるのだから。

心配でしかたないのだ・・・。


大事にしてほしい。

愛する香穂子・・・。

そして君と俺を繋ぐ・・・。

大切な命。


ベルを鳴らさずに鍵を開けると急いで香穂子の姿を探す。

いつも急いで飛び出してくるから・・・。

危ないからだめだときつく言い渡してある。

こういう時の月森は頑固で厳しいから。

香穂子も素直に言うことを聞く。

自分を心配してのことだとわかっているから・・・。

嬉しくてしあわせだと思うからだ。


そして今は・・・。

自分と月森を繋ぐ新たな絆。

大切な命が自分の中ではぐくまれている。

その責任は自分にあるのだ。

いつも全身全霊で自分を愛し、守ってくれようとしてくれる月森でさえも

自分の中に宿る命を守りたくても守れないもどかしさがあると思う。

それでもなんとか力になろうと必死になっている月森の気持ちに少しでも応えたい。

今は無理せず2人でこの宝物を大切にはぐくんでいこう。

お互いに強く胸に抱く思いなのだ。


バタバタと月森らしくない足音が響き渡る。

香穂子を探す時はいつもそうで思わず笑いがこぼれる。

まっすぐにしか生きられない不器用ないとしい人。

自分に向かってこうしてまっすぐ向かってくる月森の足音を聞いていると

あの日の光景が蘇って胸が熱くなる。

コンクールを終えて「愛のあいさつ」を奏でる香穂子の元へ必死で

階段を駆け上がり駆けつけてくれた月森のことを・・・。


「香穂子・・・ここにいたのか」


居間のソファで近づく足音に耳をすませていた香穂子を見つけると

月森はほっと安堵の息を漏らしそこからはそっと静かに近づいてくる。

そうっとゆっくり。

香穂子の体がびっくりしないように・・・。

お腹にいる2人の赤ちゃんがびっくりしないように・・・。


そっと忍び足のように近寄ってくる月森に思わず香穂子が吹き出した。


「なぜ笑うんだ・・・」

「だって・・・そんな忍び足で近寄らなくても大丈夫なのに」

「そうなのか?」

「そうだよ。でも・・・蓮くんらしい・・・。すっごく優しい」


そっと近寄りながら香穂子の前にひざまずく月森。

見つめていると・・・。

なんだか涙が出てきそうだ・・・。


「耳を当ててみても・・・いいだろうか」


にっこりとうなずく香穂子の体をそっと引き寄せてゆっくりとお腹に耳を寄せる。

おそるおそる・・・という感じなのがなんとも月森らしくてまた笑いがこぼれる。


「まだ五ヶ月だから何も聞こえないでしょう」

「ああ・・・。それでも何か・・・聞こえてくるような気がするんだ」

「話しかけてみたら?」

「・・・・・それは・・・無理だ・・・」


香穂子の言葉に月森は顔を真っ赤にしながら思わずつぶやくと

体を伸ばすようにして香穂子の体をそっと抱きしめ

柔らかな唇にそっと重ねていった。






お風呂から上がると2人パジャマに着替える。

香穂子が妊娠してからは毎日一緒に入るようになったのだ。

「大丈夫だから」という香穂子に「何かあったら大変だから」と

一緒に入り、頭まで洗ってあげる始末。

今まではどうしてもそういう雰囲気になったけれど

今は優しく体も洗ってくれる月森に香穂子の方が

恥ずかしくてしかたがない。


「蓮くん、恥ずかしいし、くすぐったいよお〜」


思わず時々悲鳴を上げる。

そして目の前の月森も何も身につけてないわけで・・・。

目のやり場に困ってしまうし本当に恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうだ・・・。


それでも優しくシャンプーを泡立てて丁寧に洗ってくれる

月森の指先が心地いい。

そして泡だらけで密着する肌と肌が心地よくて・・・。

思わず抱き合って唇を合わせてしまうこともしばしばだ。

それでものぼせたり体を冷やしては大変と月森からストップがかかるから

立場が逆転したようで香穂子の方がちょっぴりもどかしい・・・。


体を拭いてパジャマに着替えると今度は鏡の前でドライヤーを使い

濡れた髪を優しく乾かしてくれる。

優しい瞳を向ける月森が鏡にうつっている。

そして自分の髪をその繊細な指先を梳きいれて

ドライヤーを当て優しく乾かしていってくれるこの瞬間が

何よりしあわせで大好きだ。


「熱くないか?」

「ううん。気持ちいいよ・・・」

「そうか・・・それなら良かった・・・」

「じゃあ、今度は私」


今度は香穂子が月森の柔らかな蒼い髪を指先でそっと梳いていく。

そして鏡越しに瞳を合わせながらふんわりとドライヤーを当てて乾かしていく。

心地よい手触り・・・。

熱く見つめる瞳に鼓動がドキドキとはねる。

でももしそんなこと言ったらきっともうやらせてもらえなくなっちゃうだろうな・・・。

少しでも体に障ることはみんなだめって言われちゃうから。

こうしてドライヤーを香穂子の方があてるのも後もう少しだけ。

お腹が目立ってきてからはだめと言われている。

少し寂しいけれど・・・。

月森がくれる至福の時は・・・きっとこのままずっと続くしあわせな時間だから。



ベッドまでも抱き上げて連れて行ってくれる。

ゆっくりと優しく横たえられると・・・。

吐息が重なり・・・唇が重ねられる。

今まで耐えてきたように熱く激しく深まる月森からの口づけに

香穂子も夢中で応えていく。

そして・・・。


「おやすみ・・・香穂子」

「・・・・おやすみなさい・・・・・」


そっと優しく熱い腕の中に引き入れると髪に唇を押し当てたまま。

眠りに入ろうとする月森に香穂子はぎゅっとその体に抱きついていく。


「香穂子・・・もう・・・寝よう・・・」

「でも・・・」

「でも?」

「蓮くん・・・平気なの?」

「・・・・・平気・・・というわけじゃない・・・」


月森の香穂子の体を抱くその腕と体は熱い。

そして・・・。

平気じゃないことは体が密着しているからすぐにわかる。

そしてその熱を帯びた熱い瞳にも・・・。

「君がほしい」と強く物語っているのがわかるから。


「じゃあ・・・我慢しないで・・・」

「我慢なんて・・・していない」


それでも瞳は切ない色は帯びてはいても辛そうというわけではない。

優しく甘い光の方が勝っている・・・という感じなのだ。


「俺は・・・ただやみくもに君がほしいわけじゃない。

ただ・・・君と繋がっていたいだけなんだ・・・。

だからこうして抱きしめているだけでも・・・今は十分満ち足りているよ」

「蓮くん・・・」

「君の体が何よりも大事なんだ。そして今は君とこうして繋がっているだろう?」


月森はそう言ってそっと香穂子のお腹に優しく手で触れた。


「私たちの・・・赤ちゃん・・・」

「そうだ・・・。君と俺の・・・。今はこうして君と君の中で繋がっているんだ。

だから・・・。こうして俺の腕の中にいてくれれば・・・それでいい」


瞳を潤ませてうなずく香穂子の唇にそっと優しくキスを送る。


「おやすみ・・・」

「おやすみなさい・・・」


香穂子は心地良い優しく暖かな腕の中で満ち足りた思いで眠りに落ちていった。

月森はそっと体をすべらせて香穂子のお腹にそっと唇を寄せた。


「おやすみ・・・そして・・・早く元気に出てきてくれ・・・

俺と・・・そして俺の何より大切な君のママのために・・・」


優しく語りかけると身じろぐ香穂子の体を再びすっぽりと腕の中に抱きいれる。

その時初めて・・・。

香穂子の中で小さな命が身じろぎをした。


2人を繋ぐ暖かな存在。

新米パパと新米ママの暖かな愛に包まれながら・・・。

すくすくと健やかにはぐくまれている。


2人の限りない永遠の愛のように・・・。