アンバランスなキス








ゆっくりと寝返りを打つといつも包み込まれている暖かな温もりが恋しくて。

思わず手を伸ばして温もりを探す。

いつもすっぽりと私の体をもう離さないというようにしっかりと

包み込むように抱きしめていてくれる暖かな温もりが今日はない。


え・・・?

どうしてだろう。


こうして2人一緒に暮らすようになってからは

こんな風に目覚めた時に蓮くんの温もりが側にないことなんて

一度もなかったから・・・。

高校の時は時には一緒に朝を迎えたことがあったとしても。

やっぱり一人ベッドの中で目覚めることの方が多かったから。


それなのに今は・・・。

一度知ってしまったいつでも側にある優しく暖かな温もりを

感じられないことがこんなに寂しいことだなんて・・・。

胸の奥がきゅんと切なくなって苦しくなってくる。


「蓮くん・・・」


思わず涙が溢れそうになりながらその名前を呟いて彷徨わせた掌に

一回り大きな掌がしっかりと重ねられた。

そして爽やかで甘い香りと共にうつぶせたままの私の体が

ゆっくりと心地よい温かさに包み込まれてゆく。


「香穂子・・・。俺はここにいる」


そして優しく甘い声が私の耳元にそっと降ってくる。


ドキドキするけど嬉しくて・・・。

今すぐにでも振り向きたいのに涙が滲んできちゃったから・・・。

恥ずかしくてなんだか顔があげられない。


そのまま枕に顔をうずめていると私を包むブランケットの上に

蓮くんがしっかりと体をのせてきたのがわかる。

ブランケットの下は何度も睦みあった時のままの素肌のまま・・・。

まだ何も身につけていなくて。

無防備で心元なくて。

蓮くんが素肌を合わせたまま抱きしめてくれていたら

心元ないことなんてなくて。

とっても安心するのに・・・。

今はなんだかブランケット越しなのがもどかしくて。


それに・・・。

なんだか私を抱きすくめている蓮くんが少し身じろぎするたびに

衣擦れの音がするから・・・。

なんとなく気になって・・・。


「香穂子・・・。君の顔が見たいんだ。こっちを向いてくれないか?」


蓮くんのお願いする言葉に合わせるようにゆっくり振り返った。


「あ・・・!」


振り返れば間近に優しい琥珀色の瞳が甘く揺れて・・・。

すぐに大きく見開かれる。

私だってびっくりして大きく目を見開いてしまう。


「香穂子・・・?」


蓮くんがそっと優しく私の目尻に浮かんでいた涙を

優しい指先でぬぐってくれる。


「蓮くん、どうして着替えてるの?」


くすぐったく動く蓮くんの指先にドキドキしながらも

驚きを口にしてみる。

だって今私の背中越しに上にいる蓮くんは

すっかり衣装である黒の燕尾服を身につけていて・・・。

正装しているんだもの。


私だけ・・・。

心元なくブランケットだけで。


でも動くたびに聞こえる衣擦れの音が・・・。

蓮くんの正装姿を目にしたままで聞こえると。

さっきよりもなんだかとってもドキドキしてしまう・・・。


「すまない・・・。昨日言っただろう?

気持ちよく寝ている君を起こしたくなくて・・・。

先に起きて着替えてしまったんだ」

「そうだったの・・・。ありがと、蓮くん。

いつも優しいね」


蓮くんの優しさが嬉しくて思わず笑うと蓮くんも笑う。

ぎゅっと背中から抱きしめる腕に力がこめられると

そっと体を上向かされて。


向き合う形で蓮くんが私の体の上に燕尾服のままで覆いかぶさってくる。

そのまま顎に手を添えられてゆっくりと唇が近づいてくる・・・。

そしてお互いに唇を開くとそっと重ねられて優しく口づけられた。


だんだん深まるキスに蓮くんの私を抱きしめる腕にますます力がこめられて・・・。

甘く重なる吐息に・・・。

蓮くんが動くたびに響く衣擦れの音・・・。


「君は・・・今無防備なままなんだな・・・。

なんだか・・・おかしくなりそうだ・・・」

「私も・・・。だって・・・すごく素敵なんだもん。

だけど蓮くんのその衣装・・・。皺になっちゃうよ」

「大丈夫だ・・・。そんなことは気にしない・・・

君のことが・・・今すぐ君がほしいんだ・・・」


その言葉の通りにそのままブランケットがはずされて・・・。

熱い視線が私の体を彷徨って・・・。

首元に唇が落とされた。


「綺麗だよ・・・」

「蓮くん・・・」


真上から宝石のように美しい琥珀色の瞳に射すくめられながら・・・。

少し掠れた甘い囁き声に蓮くんの黒の燕尾服を瞳を閉じて受け止めた。



蓮くんがそっとかけてくれたブランケットにもう一度

少し汗ばむ素肌を包み込んで・・・。

何度も甘く優しいキスをくれる蓮くんが私の上から体を起こして

少し乱れた前髪を手櫛で整えるのをまぶしく見つめていた。

そしてしっかりと衣装を着なおして整える蓮くんを

ブランケットを握りしめて見上げていた。


今まだ残る蓮くんが残した所有の証・・・。

なんだかあったかくて・・・。

何も着ていなくても蓮くんの温もりがまだ体に残っているような。

そんな気がして優しく見つめる蓮くんに微笑み返す。


「君が好きだよ・・・。もう一度・・・キスしてもいいだろうか」


そっと私の額にかかる髪をかきあげて。

そっと優しく額にキスが落とされた。

鼻を掠めてゆっくりと唇に甘い唇が降りてくる。

柔らかな唇が重なり合って。


もう一度しっかりと抱き合った。


少しアンバランスなキス・・・。

でもどうしようもなく心地いいキス・・・。


あなたの温かさに包まれたままで・・・。

このままずっと重ねていたい。


このままずっと、ずーっと・・・。